JR完乗記

中学生の頃宮脇俊三さんの時刻表2万キロに感化され国鉄(JR)の乗り潰しを目指し、2000年の夏に達成しました。

(2003年3月4日追記)宮脇先生が亡くなられました。乗り潰し旅のおもしろさを教えてくれたとともに、達成後にもまだまだ楽しみ方はあるのだということも教えてくれた方です。謹んで哀悼の意を表します。

当時からかなり時間がたってから書いたものなので、どちらかというとその時の描写よりも、自分の鉄道旅行観についてが中心になってしまいました。


ゴール駅を考える

この4路線が最後まで残った。

最近開業した仙石線の延伸区間を除けば、いずれも北東北で、関西人にとってどうしても残ってしまいがちな路線だ。しかしどれもなかなか魅力的で、クライマックス用に残しておきたくなる路線でもある。

ゴールとなる駅は、乗り潰しが8割方達成された時点で、「残り少なくなった時点でその中で一番感じがよさそうな駅にしよう」と漠然と考えていた。駅の雰囲気や、日程などを総合的に考えると、三厩が一番よさそうな気がした。また同じ趣味の知人も三厩で達成し、良い雰囲気の駅だと薦めてくれた。よし三厩をゴールにしよう。


準備

三厩まで行ったからには、勢いで北海道にも行ってみたい。このところ長距離フェリーに乗るのがマイブームなので、北海道からの帰りはフェリーにしてみよう。

1日目−8/8
三重・岐阜界隈の私鉄乗り潰し
2日目−8/9
ムーンライトながらで東京へ出た後、上野から延々と北進。花輪線に乗車。青森泊。
3日目−8/10
大湊、津軽線に乗車し、JR線完乗達成。その勢いで函館へ。
4日目−8/11
快速〔ミッドナイト〕で札幌へ。札幌在住の知人とも会おう。
5日目−8/12
フェリーで大洗へ。その後東京へ移動。
6日目−8/13
東京で遊ぶ。
7日目−8/14
帰る。

このように考えがまとまったのは出発の数日前で、それから切符の手配に動いた。

まずは東京までの〔ムーンライトながら〕の指定だが、これは臨時もあるし取れなくても気は楽だが、後の東北方面への接続を考えれば〔ながら〕を取りたいところ。だめでもともとで指定を取りに行った。この時期に「東京枠」があるわけもないので、はじめから「熱海まで」で頼んだが満席。やっぱりな。「じゃセミコンパートメントは?」と頼むと、熱海まで残席がかなりあり、とりあえずほっとした。すると言いもしないのに駅員がセミコンパートメントの東京枠も調べてくれ、1つ空席がみつかった。もちろんそれを取った。東京まで席が保証されているのはやはり安心。

続いてフェリーの手配。2等の一人くらいなんとかなるだろうと、近くのJTBへ行ったがあえなく撃沈。帰ってから直接フェリー会社へ電話したがやはり満席。しかし違う営業所へ電話すると1つ取ることができた。この間に誰かがキャンセルをしたのか、営業所単位で割り当てが違うのかはわからないがとにかく取れてほっとした。室蘭−大洗の東日本フェリー。


1日目

出発日は近鉄や名鉄の未乗路線を乗った後、〔ムーンライトながら〕乗車前に一風呂浴びようと名古屋で降りた。ところが激しい夕立で土砂降り。前もって調べておいた住所へ銭湯を探しに行くがちょうど閉店するところであった。ずぶ濡れになりながら名古屋駅へ引き返し、〔ムーンライトながら〕の発車を待つ。

初めて乗ったセミコンパートメントは、進行方向と逆向きのため決して快適とは言えないものの、向いの席が空いていたため、思っていたよりはよかった。ただ、豊橋までは昼間の新快速並にぶっ飛ばすためよく揺れる。残席1で確保した席であるにもかかわらず、向いの席は空いたまま東京に着いた。


2日目

すぐに接続する山手線で上野へ出て、黒磯、福島で乗り換え仙台へ着いた。昼食の後、仙石線の未乗区間のあおば通まで1駅乗り、帰りは歩いた。

仙石線のあおば通駅開業の際、仙石線の既存区間も一部地下化されたのだが、路線の物理形態を基準にしていては乗るか乗らないかの線引きに迷うことが多いので(このあたり「時刻表2万キロ」の影響を受けている)対象外とした。時間があれば乗りたかったが、あとの花輪線の時間の関係もあり、今度仙台へ来た時の楽しみにとっておく。いずれ乗る機会は必ずあるはずだ。

仙台から盛岡までは新幹線で移動する。E2なのであっという間。ちょっと勿体ないが、そのおかげで花輪線を明るいうちに乗ることができる。日照時間のうちに乗るというルールを決めているわけではないが、このところはなるべくそうしている。幹線の場合は今後も何度も乗るだろうが、ローカル線はなかなか乗る機会もないと思うし、もしかしたらこれが最初で最後になるかもしれない。廃止にならないとも限らないから。初めて乗ったのが日が落ちてからだった路線は次の機会には明るい時間に乗るようにしている。だから全線乗ってしまったからといって楽しみがなくなるわけではない。むしろ自分好みの路線を探るための下見に過ぎないと思う。

盛岡から大館までキハ58車端のロングシート部分に陣取った。冷房はないので陽が差し込むと暑いが、東北なのでそんなに不快感はない。むしろこれくらいでちょうどいい。大館からは延々701系で青森入り。

青森に着いて泊まる場所を探す。カプセルホテルもあるのはわかっていたし、まず泊まりはぐれることはなかろうと何も決めていなかった。駅前の商店街を歩いてみると安いホテルが見つかったので聞いてみると空きがあると言うことなので即決した。シングルだが二段ベッドなのはねぶた対策だろうか?室内は料金相応のボロさで、あまり長くいたいような部屋ではなかったが、翌朝は出発が早いのでまあよかろう。


3日目

一度乗ってみたかったスーパーはつかりで野辺地へ出て、大湊線に乗る。大湊の手前の下北で降りて、下北交通にも乗る。下北交通が廃止になることはすでにわかっていたので、ここまで来て素通りするわけにはいかない。大畑まで往復した後、下北から一駅分残した終点大湊に着いた。これであと1路線。

津軽線に乗る前に時間があったので、青森駅付近の市場やアスパム、八甲田丸などを観光する。宇高連絡船は一度乗れたが、青函連絡船は乗ったことがないので、当時の船内の様子がよくわかってよかった。グリーン船室に座ってしばらく過ごす。

さていよいよ津軽線に乗る。青森始発なのもムードを盛り上げてくれる。車内はほぼ満員である。しかし末端区間では私同様に鉄道乗り潰しと思われる面々しか乗っていなかった。

三厩は好天に恵まれ、とてもさわやかであった。もちろん達成感でいっぱいだ。待合室には旅人が記帳するノートがあった。あと数行分しか残っていなかったが、そこに本日JR線を完乗した旨を記した。

この駅を最後に残して良かったと思う。最近のローカル線にしては珍しく有人駅であるし、駅前にはバス停などもあり、鉄道の駅らしさが漂っている。それでいて周辺は何もなく、最果てムードも満点である。


また同じ車両で中小国まで引き返す。帰りの車中で、参加しているメーリングリスト宛に報告のメールを打った。

こんばんはたかもとです。

本日17時11分、津軽線三厩駅にてJR全旅客線への乗車を達成しました。
本格的にやりはじめて10年ほどですが、自分としては20代のうちに
達成できてよかったと思ってます。

最後に残ったのは花輪、大湊、津軽の3路線。中間駅でもある好摩
や大館では感じが出ないし、大湊線は下北交通もついでに行くので
達成の余韻にひたる時間がなく、一番雰囲気よさそうな三厩に決め
ました。

これからは私鉄の乗り潰しにはげみます。まだまだ残ってますし、
一度達成してもまた次々挑戦者(新規開業)がありますから、まだ
まだこの趣味を楽しめそうです。
また、夜だけしか乗ってない路線、夏だけで冬を知らない路線、ほ
とんど居眠りして通過した路線など、一度乗っただけではわかりま
せんからね。これらの乗り直しもやろうと思います。

2000年8月10日 津軽線車中(中小国付近)にて。

これで乗ったことのないJR線はなくなり、今後はどの路線も2回目以降の乗車となる。ただし私鉄やケーブルカーなどはまだまだ残っている。北海道へ行くのも札幌の地下鉄や市電に乗ってみたいとうのが理由の一つでもある。でも本当のところは久しぶりに行ってみたいという衝動が起こっただけ。

中小国から快速海峡で函館入りした。銭湯を探したり、函館名物(?)ハセガワストアのやきとり弁当を買ったりして快速〔ミッドナイト〕の発車を待った。自由席はキハ56が3両で空いており、余裕でボックスを独り占めすることができた。非冷房のキハ56の車内は入線した直後は蒸れていたけど、走り出すと空気も入れ替わって冷房車のようにひんやりとしてきた。さすがは北海道だ。すぐに窓を閉めた。


4日目

翌朝は午前中に地下鉄の乗り潰しをした後、小樽まで往復した。小樽のマイカルを見るために。

札幌に戻った後、大通り公園でアイスやとうもろこしを食べ、市電に乗った。街の雰囲気を知るには路面電車やバスが一番わかりやすいと思う。

夕方札幌在住の知人と会って食事の後、バスセンターまで見送ってもらった。室蘭までは高速バスに乗る。青春18きっぷ使用中なのでJR普通列車で行きたいところだが、そうすると札幌出発をかなり早めないといけなかった。特急に乗るのも惜しいし、高速バスで行くことにした。バスは札幌市内の渋滞でやや遅れたものの、高速道に入ってからは順調で、案外速く室蘭に着いた。

フェリーターミナルはすごい混雑で、船内はどうなることかと心配したが、青森航路の客と入り交じっていたためだとわかった。乗船してしまえばさすがは長距離航路だけあってゆったりしていた。風呂に入った後すぐに消灯される。私は乗り物ではあまり寝られない体質なのだが、この夜はよく寝れた。


5日目

翌日は天候もよく、甲板に上がって潮風に吹かれたりしていると案外退屈もせず、あっというまの航海だった。

大洗から水戸駅まではバスが接続している。満員だったにもかかわらず、1台のバスで足りてしまい、この航路の自動車客の比率の高さを思い知った。満員の瀬戸内海航路ならバス1台では足りないこともあるのだが。

こうして水戸に着くまでが今回の旅での「行き」である。未知の乗り物を行程の後の方にも配分することで「行き」が長くなる。「あとは帰るだけ」の距離を短くすることが長旅で飽きないコツであろうし、帰ってからの満足感も大きい。

ここからはもう何度も乗ったことのある路線を西へ進むだけである。途中東京で少し滞在して、大阪へ帰った。


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